第7回 岡大サイエンスカフェ開催報告 

開開催日時:平成20年4月24日(木) 18:00〜19:40

開催場所:岡山大学創立五十周年記念館 大、小会議室

テーマ :遺跡で読む古代人の心と社会
      ─倉敷市勝負砂(ざこ)古墳の発掘調査から─


講 師 :岡山大学大学院社会文化科学研究科(文学系) 松木(まつぎ)武彦准教授


開催概要

 最初に、この4月に就任の曽良(かつら)副学長から「本日の催しは、社会連携として大学を地域の皆さんに理解して貰う良い機会である」との挨拶につづいて「どうして古墳から古代人の心が読めるのかが楽しみ」と今回のテーマに対しての期待が寄せられ、講師の松木先生を紹介いただきました。

 以下は松木先生のお話です。
 先ず、話の流れとして前半に、約8年間かけて3週間前に完了した倉敷市勝負砂古墳の発掘調査の最新情報を説明し、後半には古墳の発掘から何故古代人の「心」なのかに触れてみたいとの予定が示されました。
 勝負砂古墳の地理的条件と地名の由来、時代的には5世紀後半でその前後に築造された周辺の古墳の説明と、これらの古墳が前方後円墳のなかでも前方部分が小さめの帆立貝形
前方後円墳であるとの特徴を持つ事、また勝負砂古墳では武器や装飾品等の副葬品が豊富で当時の大和政権に関わりがあり軍事的意味を持つことが類推される等の説明があった。
 古墳の中心部の石室が未盗掘であることが発掘過程で推定されたことに併せて、発掘作業がツルハシで大きく掘り進むのと、小さいスコップや竹ヘラ等で細かく除土するのとを、メリハリをつけて使い分ける必要があるとの解説もありました。石室には8枚の天井石が載せられ、うち1枚が陥没していたが、8枚の石は埋葬者の足の方から順序載せられたものと思われる。発掘時天井石を取り除いたとき、副葬品の多さに驚き、一瞬全員が「大変なことになった」と沈黙状態であった。
 副葬品のなかの鏡には文様が付けられ、その中心部に穴のあいたつまみがあり、それに紫色の紐が通され全体が朱色の布(巾着)に包まれていた。埋葬品のなかでも布(繊維質)について以前は吹き飛ばす等で調査対象にしていなかったが、20年程前の奈良県藤ノ木古墳の調査で布のような有機物も持ち帰って調査するようになった。今回は布(平絹)の残存成分も徹底して持ち帰った。布は全ての副葬品を包んで遺体の周辺に配置することにも、鉄製の短甲(ヨロイ)の下にも保護材として使用されていた。これら繊維の分析は、宮内庁正倉院事務所の吉松茂信先生に依頼している。
 鏡から析出する銅イオンが周辺の人骨を長期間残存させる効果は、過去に青銅器でも確認されており、今回も頭部周辺に置かれた鏡周辺の頭蓋骨、鎖骨などの上半身部や歯が残っていた。
 副葬品の中でも青銅をふんだんに使用した馬具の部品の一つ轡(馬の口にふくませる部分)は6つの鈴がついたものが2つで1組である。このほか、馬具の飾りである杏葉(ペンダント)にも青銅の鈴が付いている。これらは、九州国立博物館の文化財用CTスキャンを使って解剖学的分析を進めている。この他鉄の矢じり、矢がらや土器、砥石も調査し、土器の中に朱色の原料である水銀朱が見つかった。朱色は弥生時代、縄文時代に遡っても墓に使われ、水銀朱やベンガラが使用された。
 現時点での推定では埋葬者は身長170CM近い30歳台の男性、働き盛りの壮年で、大和政権と軍事的な繋がりを持つ立場の人物と思われる。この古墳の位置づけとしては5世紀後半に吉備地域の支配に関わった有力者の墓と考えられる。

 休憩時間に入り、この間先生への質問や、中には先生に著書へのサインをお願いする参加者もおられました。

 再開後は、サイエンスと考古学との観点で、1人の人物のために何ゆえに手の込んだ大掛かりなものを作ったのか、人とは何ぞやとの考察に話が進められた。
 日本の古墳は人類の遺産であるが、それと同じように地球上では各地で共通する巨大な構造物が構築された。ストーンヘンジ(英)、ピラミッド(エジプト)、テオティワカン(メキシコ)、始皇帝陵(中国)などの例も、日本の前方後円墳も、これらの構造物(モニュメント)が出現するのは、いずれも文字が使われて地域の支配体制が固まる前の時代で、日本では律令制度が始まる直前に当たり、いずれも国家形成の前の時代である。
 ホモサピエンス進化の過程で人工物の特性やそれを作り出す社会を対象にして、「人工物からヒトの心の構造」、「ヒトの心の構造から人工物」を読み解くことが、『認知考古学』として取り扱われる。人は何故必要とされる機能以上のものを作ってしまうのか、日本では巨大前方後円墳、縄文時代の凝った文様の土器などが、日本列島の歴史を考える上で重要な事柄であり、未だ未解決のこれらを考える第1歩として著書「全集日本の歴史」を著した。
 日本周辺の古墳を見ると、中国ではすでにこの時代には大きな古墳はなく、朝鮮半島では新羅に饅頭形の大王墓、高句麗にピラミッド形の大王墓が存在する。
日本の古墳を対象に歴史的な見方をする場合、人類が普遍的に持つ“人類史的”要因、東アジアを中心とする“国際的”要因、日本列島の“歴史的”要因の3要因を対象とする必要がある。このように歴史の考察にはズームレンズと望遠レンズの両面が必要である。
 
 以上で先生からの話が終わり、その後の参加者の皆さんとの質疑では、10名ほどから活発な質問をいただき、松木先生から丁寧にお答えいただきました。また閉会後もしばらく松木先生への質問が続きました。参加者の中には発掘調査に関わったり、日頃から同好会等で関心を持たれた方が大勢いらっしゃいました。

 閉会に先立ち、次回サイエンスカフェの予定として、7月24日の工学部宍戸昌彦先生の「分子から生命―科学生物学への挑戦―」の案内が遠藤センター長からアナウンスされ、たまたま参加されていた宍戸先生から次回の概要の説明をいただきました。

 今回は参加申し込みが多く、締め切り1週間前に定員を10名以上オーバーまで受付、その後は大変心苦しく大勢の方にお断りした次第です。また、初めての試みですが昨年末に発刊された松木先生の著作「全集日本の歴史 第1巻」の特別価格での販売を大学生協の協力にて行い、皆さんが購入されました。
 当日は、大勢の皆さんにお運びいただき盛況に終えることができました事、参加者の皆さん、学内関係者の皆さんに厚くお礼申し上げます。


                                              社会連携センター 松浦 啓克 記



(以下サイエンスカフェの様子)



50周年記念館玄関の案内



曽根副学長の挨拶



松木先生のお話



参加者のみなさん



参加者のみなさん



書籍販売コーナー



松木先生にサインをお願い



参加者との質疑



参加者のみなさん



松木先生のお話




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